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by haruna-naoaki
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2012年 01月 18日
野島忠直さん、安らかに
 野島忠直さんの葬儀がとり行われ、私も弔辞を述べさせていただきました。野島先生は中根さち県議のお父さん。共産党福井支部の支部長を務め、絵画サークル、まちづくりの運動、バス路線を守る運動、退職教職員の会、9条の会福井など、多彩な活動とその温厚な人柄に多くの共感が寄せられ、葬儀には600名の方が参列しました。読ませていただいた弔辞を紹介します。

野島忠直さんへの弔辞

 野島先生、大きな人、かけがえのない人を失った悲しみは増すばかりですが、涙をこらえ、追悼の言葉を送らせていただきます。
 先生、あなたは1950年安芸第一小学校を皮切りに加領郷小、奈半利小、昭和小に赴任され、1970年から付属小学校に勤務、21年間勤め上げてこられました。付属時代には樟学会の理事として天狗高原にある白雲荘の運営の責任者もされてこられました。そこに貫かれていたものは、子どもたちの健やかな成長と、人格の形成という教育の目的を実現しようという信念だったのではないかと思います。
 1991年に退職され、今日までの21年間は、まさに八面六臂のご活躍でした。町内会、旭東地域の街づくりの会、退職教職員の会、9条の会福井、バス路線を守る運動など、つねに地域住民のみなさんとともに歩み、その願いを実現するために、明るく示唆に富んだ発言でみなを励まし、一つにまとめてこられました。野島先生がいたからこその運動が数多く記されてきました。
 また先生は、日本共産党の福井支部の支部長として、愛娘さちさんの当選のために尽力されてきたのはもちろんのこと、下本ふみお市議の勝利、山原健二郎さんの10選をはじめとした国政選挙での躍進に力を注いでこられました。私の7回の選挙にも全身全霊でうちこんでくださり、勝てない選挙が続いても「その努力の一歩一歩が人を変え、社会を前にすすめている。決して無駄じゃない。これからもがんばろう」と励ましていただきました。先生、ほんとうにありがとうございました。
 死期が近づいた最近のこと、病床から中根県議に電話が入り「さち、世界は動いているよ。その大きな流れをよく見て自信を持ってがんばりなさい」との旨のお話をされたとお聞きしました。「この人は死の間際でも、社会の行く末を案じ、どう生きるかを人々に説いておられる、なんというすごい人だろう」と率直に感動したことでした。
 この4年あまり、年一、二回のペースで豊作さんとともに宿毛湾へグレ釣りに連れて行ってもらいました。朝早く出発して8時頃から糸を垂れ、四時頃まで無心で釣るのですが、なにも知らない私にとって野島先生は私の釣りの師匠。大漁のときも、お手上げの時も、先生は泰然自若、「春名君、魚の気持ちになって悠然と待つんだよ」と釣り糸をたれる姿。なにか仏様を見ているような錯覚になって、不思議と心が清められていくというのか、いい気持ちになっていくんです。不思議な力を持った人でした。
 野島先生は、教育者であり、組織者であり、そして変革者だったと思います。そして、遺族のみなさんにとってはもちろんですが、回りの私たちにとっても太陽のような存在だったと思います。その太陽を失ったことは、このうえない大きな損失であります。私たちにその代わりをすることはとうていできませんが、先生の遺志を受け継ぐ私たち一人一人が太陽となれるように精進し、仲間を照らし、その輪を広げていけるようにしたいと思います。それが先生への一番の供養になると信じています。どうか天上からその姿を見て叱咤激励していただけたらと思います。
 昨日の通夜の席で、先生のお顔を拝見させていただきました、きれいでやさしくてやわらかいその姿は、まるで先生の81年の人生そのものがにじみでているようでした。
 名残はつきませんが、心からの尊敬の念と、先生の長年の功績にお礼を申し上げ、追悼の言葉とさせていただきます。野島先生、どうか安らかにお休みください。

2012年1月17日                     元衆議院議員 春名なおあき
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by haruna-naoaki | 2012-01-18 08:30 | Comments(0)